大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和50年(ワ)2495号 判決 1984年4月23日

原告

加藤守松

右訴訟代理人

打田正俊

野島達雄

大道寺徹也

被告

右代表者法務大臣

住栄作

右訴訟代理人

水野祐一

外六名

主文

一  被告は、原告に対し、金六〇万九九二〇円及びこれに対する昭和五五年七月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一  当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五五六六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張<以下、省略>

理由

一事実経過

1  請求原因1(一)の前段の事実(本件土地の買収処分等)、並びに愛知県知事が、本件土地の小作人で買受適格者であつた原告の本件土地についての買受申込を受けて、原告に売渡処分通知書を交付したこと、ところが本件土地を表示すべき右売渡通知書に、事務取扱者の過誤により土地(二)が表示されていることがその後発見されたので、愛知県知事は右売渡の手続を取り消すとともに、改めて原告に対し本件土地の売渡処分をしたこと、そして原告が昭和三二年三月二〇日その旨の所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、昭和二九年になつて、中村区農業委員会が当初の売渡処分に関する過誤に気づき、翌昭和三〇年に予定されている国有農地の大量売渡処分実施の際、これにあわせて本件土地を原告に売り渡すこととしたこと、そして、昭和三一年一月一二日、中村区農業委員会が愛知県に「農地法第三九条第一項の規定による昭和三〇年一一月一日付売渡処分」を進達し、これを受けて、昭和三一年二月八日ころ、愛知県知事は右売渡処分を施行することを決定し、同月二四日ころ、愛知県知事は、原告に対し、改めて昭和三〇年一一月一日付の本件土地の売渡通知書を交付したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  また、<証拠>を総合すると、原告は、本件売渡処分後、本件土地を田として耕作し占有してきたが、昭和三九年ないし同四〇年ころには、周囲の土地が埋立てられて用水路がなくなり、本件土地に取水することができなくなつたので、本件土地を埋立てて、一部を建築材料置場、一部を畑ないし菜園として利用するようになつたこと、そして、昭和四四年ころ、原告は農地の転用には農地法所定の許可が必要であるのを知りながら、右許可申請をすることなく、本件土地上に本件建物を建築し始め、昭和四五年一月一〇日ころ、本件建物を完成させてこれを所有し、以後、その敷地として本件土地を利用してきたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  更に、請求原因1(三)(別件無効確認等訴訟の経過)、同(四)(別件明渡等訴訟の経過)の事実は、当事者間に争いがない。

4  以上のとおり、愛知県知事は自創法に基づき、昭和二三年一〇月小幡を被買収者とする本件土地の買収処分を行い、昭和三一年二月に昭和三〇年一一月一日付で原告に対し本件土地の売渡処分を行つたところ、その後小幡の提起した別件無効確認等訴訟において、小幡に対する本件土地の買収処分は、その公告の手続が要件のほとんどすべてを欠いている重大な瑕疵が存するものとして無効であることが判決をもつて確定されたものである。

二被告の不法行為

1  請求原因2(一)の事実のうち、愛知県知事は本件土地の買収処分を行うにあたり、被買収者である小幡が不在地主であつたため買収令書の交付をすることができず、買収令書の交付に代えて、自創法九条により公告の手続をとつたこと、右公告の方法は、昭和二四年二月五日付愛知県広報に「農地の所有者不明その他の理由で買収令書の交付できないものを別冊のとおり公告する。買収内容の原本は農地部に保管しあり。」と掲載したものであつて、買収物件、被買収者等の細目の表示はなく、別冊の内容も掲載されていなかつたことは、当事者間に争いがない。

2 ところで、自創法九条によれば、右公告の内容は買収令書の記載内容と同一であるべく、少なくとも、(一)買収すべき農地の所有者の住所、氏名、(二)買収すべき農地の所在、地番、地目、地積、(三)対価、(四)買収の時期、(五)対価の支払方法、時期について公告されるべきものである。ところが、本件土地についてなされた公告は自創法九条の要件のほとんどすべてを欠いていたから、このような公告によつては、本件土地に対する買収は効力を生じないものというべきであり、愛知県知事は本件土地について、手続上重大かつ明白な瑕疵がある無効の買収処分をしたものと認められる。したがつて、右無効の買収処分に基づく本件売渡処分も、所期の効果を生ずるに由がないものとして当然無効であり、売渡を受けた原告は、本件土地の所有権を当初から取得することができなかつたものというほかはない。

ところで、自創法・農地法による農地の買収及び売渡処分は、国の機関委任事務として都道府県知事において執行するものであるが、都道府県知事は、買収処分にあつては、瑕疵のある買収処分により売渡処分の相手方など第三者に対し損害を及ぼすことのないよう実体的ならびに手続的に過誤のない処分を行うべき注意義務があり、また売渡処分にあつては、いやしくも無効の買収処分により国が所有権を取得できなかつた対象農地を目的とする売渡処分をすることによつて売渡の相手方に損害を及ぼすことのないよう注意すべき義務があるというべきである。ところが愛知県知事は、被告国の機関として、前示の過誤により無効な本件土地買収処分をしたうえ、この処分の手続上の重大かつ明白な瑕疵を看過して無効な本件土地売渡処分をしたものであるから、愛知県知事には公権力の行使に当る職務の執行につき右各注意義務を怠つた過失があるというべきである。

なお、被告は、本件土地の買収及び売渡処分を現実に担当したのは愛知県農地部の公務員であるとして、右担当公務員について過失を問題にすべきであるとの主張をするが、前記のとおり、本件土地の買収及び売渡処分はいずれも国の機関委任事務として愛知県知事において執行したものであり、過失は右処分行政庁たる愛知県知事について問題とすべきである。被告の主張には左袒することができない。

3  更に原告は、昭和三七年に小幡が別件無効確認等訴訟を提起してから、昭和五〇年の小幡勝訴の確定までの間に、被告が瑕疵ある本件買収処分の補正ないし新たな買収処分をしなかつたことが、被告の過失による違法行為であると主張するが(請求原因2の(二))、自創法による小作地の買収は、自作農創設による農業生産力の発展と農村の民主化を図ることを目的とした政策として行われたもので、小作農の個人的な利益を直接的な目的としたものではないから、知事は小作人のために小作地を買収しなければならない法的義務を負うものではなく、また対等の関係にある私人相互間の経済取引を律する法規の適用もないと解すべきである。そして、農地法に関してもこの理は同様であつて、結局、本件売渡処分がなされていることを前提としても、被告が、法令上原告のために当該農地(本件土地)を改めて買収して売り渡したり、本件買収処分の補正をすべき義務はなく、前認定の事実経過に照らしても被告が条理上右の義務を負うこともないというべきである。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。

4  よつて、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、本件土地売渡処分の相手方である原告が愛知県知事のした本件土地買収及び売渡処分によつて被つた損害を賠償する義務がある。

三除斥期間満了あるいは消滅時効完成の当否(被告の主張1)<省略>

四原告の損害

1 自創法並びに農地法による小作地の買収・売渡の制度の趣旨は、前述したとおりであつて、契約法の法理・規定(例えば民法五六〇条、五六一条等)の適用はなく、更に、本件のように、売渡処分自体には何ら瑕疵はないけれども、当該土地の買収処分に瑕疵があつて無効なため、売渡を受けた小作人が結局有効に土地所有権を取得できなかつた場合でも、国が更に改めて小作人のためにその土地を買収しなければならない法的義務を負うものでもない上、売渡の実現が不可能な場合にこれに代わるべき経済上同一の利益を被売渡人に与える趣旨も農地売渡処分には含まれていないものというべきである。したがつて、原告が損害につき予備的に主張する本件土地所有権喪失相当の損害(請求原因3の(三))は、帰するところ本件土地の価値相当の損害であるから、原告はこれを本件の被告の不法行為による損害として請求しえないものというべきである。

しかし、原告は愛知県知事による本件売渡処分により本件土地の所有権を取得したものと信じてこれを使用占有して来たものであるから、その信頼に基づいて原告が出捐した費用、又は売渡処分がなされたことによりこれがなかつた場合に比して原告が過分の出捐を余儀なくされた費用(以上を「信頼費用等」という)は、相当因果関係のある損害として、原告は被告に対し賠償を求めうるものというべきである。ただ、原告が所有権を取得したと信じた本件土地は売渡処分の相手方として受ける土地すなわち農地であるから、右信頼費用等は原告が本件土地を農地として使用占有したことにより通常出捐すべきものに限られるべく、これを超えるものはいわゆる特別事情があるときに限り認められるべきである。そこで、次項以下で具体的に検討する。

2  請求原因1(四)の事実は当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実に、<証拠>及び弁論の全趣旨によると、別件明渡等訴訟において成立した訴訟上の和解の内容は、原告、加藤ふさ子及び加藤正一(後二者は、本件建物の原告の他の共有名義人)が、本件土地が小幡の所有であること並びに本件土地に対する原告の賃借権が存在しないことを確認した上で、原告が小幡から右和解期日に本件土地を代金四〇〇〇万円で買い受けることとし、地目変更及び所有権移転登記手続に要する費用は原告と小幡とが折半して負担する、というものであつたこと、その後原告は本件土地買受代金四〇〇〇万円を完済し、右売買による所有権移転登記手続費用として金二四万円を支出したこと、別件明渡等訴訟の第一審判決が原告に対し建物収去土地明渡とともに昭和五〇年四月一五日から土地明渡ずみまで一か月金一四万〇六〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を命じ、右損害金支払命令部分に仮執行宣言を付したことから、小幡が右仮執行宣言に基づき原告の供託金取戻請求権(請求原因3(一)イ、ロ、合計金三五〇万円)に対して転付命令を得て執行し、原告は右供託金取戻請求権を喪失したこと、右金員は和解において小幡がそのまま保持するものとされたこと、原告は別件無効確認等訴訟の控訴審以降の訴訟追行を弁護士に委任し、その費用として金一四万円を支出したこと、更に原告は別件明渡等訴訟に関し、訴訟の追行を弁護士に委任するなどして、請求原因3(一)(4)ロないしヘの各費用を支出したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3(一)  和解による土地売買代金四〇〇〇万円(請求原因3の(一)の(1))については、前記2に認定した事実に<証拠>を併せると、原告は、別件明渡等訴訟において敗訴が濃厚となつたため、和解に踏み切つたものではあるが、右金員はあくまで小幡所有の本件土地を買い受ける売買代金であり、右金額は当時の時価の四分の三程度であつたと認められるから、結局本件土地の価額相当の損害賠償請求であり、このように高騰した時価で買い受けるにいたつたのは、農地法の規定による売渡の相手方となつた原告が同法所定の手続を無視してなした本件土地の埋立費用、本件建物の建築費用及び同建物の取壊費用(原告の主張によれば金四二〇〇万円余)の損害をさけるためであつたものと認められるから、いずれにしても、被告が賠償すべき信頼費用等には当たらないというべきである。

また、売買による所有権移転登記手続費用金二四万円(請求原因3の(一)の(2))は、右売買に伴う費用であり、本件土地価額の鑑定料金一二万円(請求原因3の(一)の(4)のニ)は、本件土地売買の前提資料を得るための費用であつて、いずれも信頼費用等には当たらない。

(二)  次に、二件の別件訴訟に関する諸費用(請求原因3の(一)の(4))についてみると、まず、別件無効確認等訴訟に関する弁護士費用金一四万円は、前説示のように本件売渡処分の相手方となり本件土地を取得したと信じたものがその権利を防衛する手段として通常出捐すべき信頼費用ということができ被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。また、別件明渡等訴訟についてみると、別件無効確認等訴訟の結果からみれば、当初からその形勢は原告にとつて不利であつたというほかないが、なお法律上争う余地はあり、その権利を防衛するためやむをえずとつたものと認められるところ、同訴訟の弁護士費用のうち着手金三〇万円、同訴訟の控訴状貼用印紙代金八万九四五〇円・同添付郵券代金八五〇〇円、別件無効確認等訴訟記録謄写料金二万一九七〇円は通常出捐すべき信頼費用等と評価し得るものというべきである。

しかし、別件明渡等訴訟の弁護士費用のうち成功報酬金二四二万〇三七〇円は、前記和解が成立したことによる成功報酬と考えられるから、被告が賠償すべき損害とはいえない。

(三) 次に、別件明渡等訴訟第一審判決に基づく強制執行による損害金三五〇万円(請求原因3の(一)の(3))について検討する。右金員は昭和五〇年四月一五日以降の本件土地についての賃料相当使用損害金であるところ、<証拠>によれば、本件買収処分前原告は小幡から本件土地を賃借し使用収益していたことが認められ、また前述したとおり、原告は本件売渡処分後引に続き本件土地を占有して使用収益をして来たものであるから、右金員は、本件売渡処分が有効であれば支払う必要がなかつたものではあるが、売渡処分がなければ原告が本件土地を使用収益する限り支払を免れない性質のものである。そうとすれば、自創法・農地法の売渡処分の制度には、売渡処分の実現が不可能な場合にこれに代わるべき経済上同一の利益を被売渡人に与える趣旨が含まれていないことは前述したとおりである(前記二の3参照)から、前記金三五〇万円の出捐は、被告が賠償すべき損害とはいうことができない。

(四)  更に精神的損害(請求原因3の(一)の(5))についてみると、本件不法行為は財産権に対するものであるから、原告が精神的損害を請求し得るのは、不法行為と相当因果関係にある財産的損害の賠償を被告に命じても、なお填補できない精神的損害が残存すると認められる特別の事情の存する場合に限られるというべきである。しかし、本件においては、そのような特別な事情を認めるに足りる証拠はないから、原告の右請求は失当である。

(五)  弁論の全趣旨によると、原告は本訴の提起追行を原告代理人弁護士三名に委任し、本訴認容額の一割を報酬として支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の性質、訴訟の経過、認容額等に照らし、本訴における弁護士費用として金五万円は本件不法行為と相当因果関係のある損害と認める。

4  被告の主張3(損益相殺)及び4(過失相殺)については、前記認定の各損害について損益相殺又は過失相殺をすべき事情は認められない。

五むすび

以上の次第であつて、本訴請求は、右損害金合計金六〇万九九二〇円と、これに対する本件不法行為の後である昭和五五年七月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言については、その必要がないものと認めて、その申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(浅野達男 岩田好二 藤田敏)

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例